<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
		xmlns:xhtml="http://www.w3.org/1999/xhtml"
>

<channel>
	<title>トモレター</title>
	<atom:link href="http://tomonolis.net/blog/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://tomonolis.net/blog</link>
	<description>この手紙あなたに届くなら、メールなんてもういらない</description>
	<lastBuildDate>Fri, 11 Jun 2010 13:47:59 +0000</lastBuildDate>
	<generator>http://wordpress.org/?v=2.8.6</generator>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
			<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://tomonolis.net/blog/feed" />
		<item>
		<title>ipadは凄いですか？</title>
		<link>http://tomonolis.net/blog/2010/06/11/224644.htm</link>
		<comments>http://tomonolis.net/blog/2010/06/11/224644.htm#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 11 Jun 2010 13:46:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tomonori</dc:creator>
				<category><![CDATA[mac]]></category>
		<category><![CDATA[手紙]]></category>
		<category><![CDATA[apple]]></category>
		<category><![CDATA[ipad]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tomonolis.net/blog/?p=577</guid>
		<description><![CDATA[
ipadにはもう触ってみましたか？
我が家にもipadが来て2週間が経ちました。
ipadの素晴らしさは数々のブログ等でご紹介されているので、
ここでは逐一申しませんが、素晴らしい物には違いないです。
ただ発売前から動画などで外人が、
まったく信じられない！と首を左右に振っていたり、
眉を八の字にして、こんな魔法のようなデバイス、みたことないよ！
と、もうお手上げみたいな事を言っていたので、
さぞ私はipadを手にした瞬間、第二の人生が扉が開き、
毎日が楽しく楽しくて仕方がなくなってしまうのかと思ってました。
今のうち最後の平凡な毎日を噛み締めてしまったほどです。
ipadを手にして何日か経ちましたが、
今まで通りの毎日が、ipadと共に待ち受けていました。
もちろんipadには罪は無く、それ自体は本当に素晴らしい物です。
ただ私は何か凄いものに出会ったとき、
すぐには理解できないのです。
周りが凄い凄いと言っているので、それに合わせて
凄いね凄いね、なんていってしまう人間なのです。
昔、留学時にパリのルーブル美術館でミロのビーナスを見たとき、
周りはグレイト！ビューティフル！！なんて感嘆を上げていたので、
私も、やっぱ凄いね！ミロは！なんて言ってましたが、
何が凄いのか実のところ、さっぱり分かりませんでした。
でも何度か行くうちに、よくもまあ現代にまで残ったもんだとか、
もし手があったらどんなポーズだったのかなぁとか、
一体何人の人たちの手によって受け継がれ、
どれほどの人間が見にやって来たのかなぁとか、
色々考えるうちに、こんな彫刻は２つとない、、、凄いのではないか、
と、なんとなく思えるようになったのです。
ですので凄い物に出会ったときすぐに、
本当に理解して凄いと言える方を僕は尊敬します。
なぜなら凄い物とは、そもそも理解が及びづらい所にあるからです。
今一度問います。本当に―――
ipadは凄いですか？
　
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://tomonolis.net/blog/wp-content/uploads/2010/06/DSC_9109.jpg" alt="DSC_9109" title="DSC_9109" width="301" height="450" class="alignnone size-full wp-image-587" /></p>
<p>ipadにはもう触ってみましたか？<br />
我が家にもipadが来て2週間が経ちました。<br />
ipadの素晴らしさは数々のブログ等でご紹介されているので、<br />
ここでは逐一申しませんが、素晴らしい物には違いないです。</p>
<p>ただ発売前から動画などで外人が、<br />
まったく信じられない！と首を左右に振っていたり、<br />
眉を八の字にして、こんな魔法のようなデバイス、みたことないよ！<br />
と、もうお手上げみたいな事を言っていたので、<br />
さぞ私はipadを手にした瞬間、第二の人生が扉が開き、<br />
毎日が楽しく楽しくて仕方がなくなってしまうのかと思ってました。<br />
今のうち最後の平凡な毎日を噛み締めてしまったほどです。<br />
ipadを手にして何日か経ちましたが、<br />
今まで通りの毎日が、ipadと共に待ち受けていました。</p>
<p>もちろんipadには罪は無く、それ自体は本当に素晴らしい物です。<br />
ただ私は何か凄いものに出会ったとき、<br />
すぐには理解できないのです。<br />
周りが凄い凄いと言っているので、それに合わせて<br />
凄いね凄いね、なんていってしまう人間なのです。</p>
<p>昔、留学時にパリのルーブル美術館でミロのビーナスを見たとき、<br />
周りはグレイト！ビューティフル！！なんて感嘆を上げていたので、<br />
私も、やっぱ凄いね！ミロは！なんて言ってましたが、<br />
何が凄いのか実のところ、さっぱり分かりませんでした。</p>
<p>でも何度か行くうちに、よくもまあ現代にまで残ったもんだとか、<br />
もし手があったらどんなポーズだったのかなぁとか、<br />
一体何人の人たちの手によって受け継がれ、<br />
どれほどの人間が見にやって来たのかなぁとか、<br />
色々考えるうちに、こんな彫刻は２つとない、、、凄いのではないか、<br />
と、なんとなく思えるようになったのです。</p>
<p>ですので凄い物に出会ったときすぐに、<br />
本当に理解して凄いと言える方を僕は尊敬します。<br />
なぜなら凄い物とは、そもそも理解が及びづらい所にあるからです。</p>
<p>今一度問います。本当に―――</p>
<p>ipadは凄いですか？<br />
　</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://tomonolis.net/blog/2010/06/11/224644.htm/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://tomonolis.net/blog/2010/06/11/224644.htm" />
	</item>
		<item>
		<title>一人っ子はどうですか？</title>
		<link>http://tomonolis.net/blog/2010/05/14/210315.htm</link>
		<comments>http://tomonolis.net/blog/2010/05/14/210315.htm#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 14 May 2010 12:03:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tomonori</dc:creator>
				<category><![CDATA[手紙]]></category>
		<category><![CDATA[家族]]></category>
		<category><![CDATA[母]]></category>
		<category><![CDATA[母の日]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tomonolis.net/blog/?p=553</guid>
		<description><![CDATA[
小さい頃母に、兄弟が欲しいか何度も聞かれました。
でも私はその度にある理由で、いらない、欲しくないと、
涙を浮かべながら、かたくなに否定し続けた事を
ふと母の日に思い出したのです。
もし兄弟がいれば自分の性格や人生は、
全然違ったものになったかもしれません。
またあなたに兄弟がいらっしゃるとして、
もしも一人っ子でしたら、きっとどこか違うあなたになっていたことでしょう。
例えば小さい頃、家で何をして遊びましたか？
兄弟で鬼ごっことか、かくれんぼとか、もう憧れです。
一人っ子は対戦系の遊びは、もう本能で無理だと分かってますので
妄想系の遊びがメインになります。
僕はレゴで街を作ったり、プラレールで路線を引いたり、
ひたすら自分の街を妄想していました。
一人で遊んでいるので寂しく写るかもしれませんが、全然大丈夫です。
妄想の中では賑やかですから。
でも良い事もあるんですよ。
兄弟が多い友人が言うには、ご飯は毎日戦いだったと、
特に唐揚げなんてでた日には、まず口の中に一つ確保して、
自分の皿にも２、３個確保してから食べ始めたそうです。
しかしその皿にも兄弟の魔の手が押し寄せ、
時には自分も他の皿に侵攻しなくてはならないと。
もはや群雄割拠ですね。
一人っ子の食卓は、基本的に共産主義ですので、
自分の皿に始めから分配されている可能性が高いです。
唐揚げが５個あったとしたら、最後に取っておいても全然大丈夫です。
テレビを観てようが、途中トイレに行こうが、どうぞご安心ください。
唐揚げは終始、５個のままです。
今、年を重ねるにつれ兄弟がいると良いなと思う事もありますが、
まずは、私を大難産の末に生んでくれた母には感謝ですね。
かなり危険な状態になり、私の父は妻か子供かを選べとまで言われたそうですよ。
そんな事があってか、次もし出産したら
母が死んでしまうかもと思ったのでしょうね、昔の私は。
兄弟なんていらない、欲しくなんてない、母さえいれば、と。
その母にハンカチをプレゼントしました。
喜んでくれたようです。
もし生まれ変わっても、結局自分にはまた一人っ子が良いかなと思いますが、
あなたは―――
一人っ子はどうですか？
　
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://tomonolis.net/blog/wp-content/uploads/2010/05/DSC_7333.jpg" alt="DSC_7333" title="DSC_7333" width="450" height="301" class="alignnone size-full wp-image-560" /></p>
<p>小さい頃母に、兄弟が欲しいか何度も聞かれました。<br />
でも私はその度にある理由で、いらない、欲しくないと、<br />
涙を浮かべながら、かたくなに否定し続けた事を<br />
ふと母の日に思い出したのです。</p>
<p>もし兄弟がいれば自分の性格や人生は、<br />
全然違ったものになったかもしれません。<br />
またあなたに兄弟がいらっしゃるとして、<br />
もしも一人っ子でしたら、きっとどこか違うあなたになっていたことでしょう。</p>
<p>例えば小さい頃、家で何をして遊びましたか？<br />
兄弟で鬼ごっことか、かくれんぼとか、もう憧れです。<br />
一人っ子は対戦系の遊びは、もう本能で無理だと分かってますので<br />
妄想系の遊びがメインになります。<br />
僕はレゴで街を作ったり、プラレールで路線を引いたり、<br />
ひたすら自分の街を妄想していました。<br />
一人で遊んでいるので寂しく写るかもしれませんが、全然大丈夫です。<br />
妄想の中では賑やかですから。</p>
<p>でも良い事もあるんですよ。<br />
兄弟が多い友人が言うには、ご飯は毎日戦いだったと、<br />
特に唐揚げなんてでた日には、まず口の中に一つ確保して、<br />
自分の皿にも２、３個確保してから食べ始めたそうです。<br />
しかしその皿にも兄弟の魔の手が押し寄せ、<br />
時には自分も他の皿に侵攻しなくてはならないと。</p>
<p>もはや群雄割拠ですね。<br />
一人っ子の食卓は、基本的に共産主義ですので、<br />
自分の皿に始めから分配されている可能性が高いです。<br />
唐揚げが５個あったとしたら、最後に取っておいても全然大丈夫です。<br />
テレビを観てようが、途中トイレに行こうが、どうぞご安心ください。<br />
唐揚げは終始、５個のままです。</p>
<p>今、年を重ねるにつれ兄弟がいると良いなと思う事もありますが、<br />
まずは、私を大難産の末に生んでくれた母には感謝ですね。<br />
かなり危険な状態になり、私の父は妻か子供かを選べとまで言われたそうですよ。<br />
そんな事があってか、次もし出産したら<br />
母が死んでしまうかもと思ったのでしょうね、昔の私は。<br />
兄弟なんていらない、欲しくなんてない、母さえいれば、と。</p>
<p>その母にハンカチをプレゼントしました。<br />
喜んでくれたようです。</p>
<p>もし生まれ変わっても、結局自分にはまた一人っ子が良いかなと思いますが、<br />
あなたは―――</p>
<p>一人っ子はどうですか？<br />
　</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://tomonolis.net/blog/2010/05/14/210315.htm/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://tomonolis.net/blog/2010/05/14/210315.htm" />
	</item>
		<item>
		<title>サラリーマンは嫌ですか？</title>
		<link>http://tomonolis.net/blog/2010/04/18/132027.htm</link>
		<comments>http://tomonolis.net/blog/2010/04/18/132027.htm#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 18 Apr 2010 04:20:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tomonori</dc:creator>
				<category><![CDATA[手紙]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tomonolis.net/blog/?p=519</guid>
		<description><![CDATA[
ちょうど中学生の頃、
なぜかサラリーマンはダサイだとか、夢が無いだとか、
友人の間でそんな共通意識が、一度は芽生えませんでしたか？
なかには最低でもミュージシャンになるだとか、
いずれ革命を起こすだとか、
まさに中二病、真っただ中の友人のなかで、
私もサラリーマンは嫌だなと、理由もなく漠然と考えたものです。
それから１０年―――
私は東京・飯田橋へ勤務する典型的なサラリーマンになっていました。
出勤は６時４５分。　冬は泣きそうなほど寒いです。
通勤時間１時間４０分。　山手線は地獄絵図です。
始業時間８時４０分。　社内はすでにみんな疲れてます。
お昼休み５０分。　飯田橋はランチも戦場です。
受注システムの納期３日前。　システムエンジニアは鬼と化します。
終業時間。　それは終電の時間です。
サラリーマン時代の記憶は、仕事しか思い出せないほど必死で、
気づけば、同じ毎日をただ繰り返すような生活になっていました。
仕事も同じ、給料も同じ、時間も同じ。
いつしかサラリーマンという環境にストレスを感じ始め、
もっと自分で仕事とお金と時間を動かしたい、そう思うようになったのです。
そう、独立―――
起業自体は意外なほど簡単でした。
事務所は自宅、設備はノートパソコン２台、
「株式会社」だなんて大げさで申し訳ないくらいです。
帳簿や決算など煩雑な事は増えましたが、
時間は自由に使え、サラリーマンだったときのストレスはなくなりました。
しかし人間とはなんて欲深い生き物なのでしょう。
サラリーマンという環境がなくなったら、なくなったで
逆にそれが美化されて、いとおしくなるのです。
出勤６時５０分。　冬の張り詰めた空気の中、歩く気持ちよさよ。
通勤時間１時間４０分。　毎日の通勤電車で読む小説の楽しさよ。
始業時間８時４０分。　おはようと呼び合う、いつもの先輩・同僚・後輩。
お昼休み５０分。　周りきれないほどの豊富な、オフィス街の楽しいランチ達。
受注システムの納期３日前。　プログラムが完成に近づいてゆくときのあの達成感。
終業時間。　たまに終電まで同僚達と飲んだ、あの開放感、、、
現在、1人で仕事をしていて夕日が沈んでくると、
サラリーマンの頃の何もかもが、途方もなく恋しくなるときがあります。
もちろんそれ以上に独立の良さは感じておりますし、
サラリーマンに戻ったところで、今度は独立してた頃が恋しくなるのでしょう。
もしも今あなたが、サラリーマンをされていて、
将来、起業やフリーランスになろうとお考えでしたらば、
どうか今ある環境を噛み締めて、大事にされてください。
それでも―――
サラリーマンは嫌ですか？
　
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://tomonolis.net/blog/wp-content/uploads/2010/04/DSC_43422.jpg" alt="DSC_4342" title="DSC_4342" width="301" height="450" class="alignnone size-full wp-image-544" /></p>
<p>ちょうど中学生の頃、<br />
なぜかサラリーマンはダサイだとか、夢が無いだとか、<br />
友人の間でそんな共通意識が、一度は芽生えませんでしたか？<br />
なかには最低でもミュージシャンになるだとか、<br />
いずれ革命を起こすだとか、<br />
まさに中二病、真っただ中の友人のなかで、<br />
私もサラリーマンは嫌だなと、理由もなく漠然と考えたものです。<br />
それから１０年―――</p>
<p>私は東京・飯田橋へ勤務する典型的なサラリーマンになっていました。</p>
<p>出勤は６時４５分。　冬は泣きそうなほど寒いです。<br />
通勤時間１時間４０分。　山手線は地獄絵図です。<br />
始業時間８時４０分。　社内はすでにみんな疲れてます。<br />
お昼休み５０分。　飯田橋はランチも戦場です。<br />
受注システムの納期３日前。　システムエンジニアは鬼と化します。<br />
終業時間。　それは終電の時間です。</p>
<p>サラリーマン時代の記憶は、仕事しか思い出せないほど必死で、<br />
気づけば、同じ毎日をただ繰り返すような生活になっていました。<br />
仕事も同じ、給料も同じ、時間も同じ。<br />
いつしかサラリーマンという環境にストレスを感じ始め、<br />
もっと自分で仕事とお金と時間を動かしたい、そう思うようになったのです。<br />
そう、独立―――</p>
<p>起業自体は意外なほど簡単でした。<br />
事務所は自宅、設備はノートパソコン２台、<br />
「株式会社」だなんて大げさで申し訳ないくらいです。<br />
帳簿や決算など煩雑な事は増えましたが、<br />
時間は自由に使え、サラリーマンだったときのストレスはなくなりました。</p>
<p>しかし人間とはなんて欲深い生き物なのでしょう。<br />
サラリーマンという環境がなくなったら、なくなったで<br />
逆にそれが美化されて、いとおしくなるのです。</p>
<p>出勤６時５０分。　冬の張り詰めた空気の中、歩く気持ちよさよ。<br />
通勤時間１時間４０分。　毎日の通勤電車で読む小説の楽しさよ。<br />
始業時間８時４０分。　おはようと呼び合う、いつもの先輩・同僚・後輩。<br />
お昼休み５０分。　周りきれないほどの豊富な、オフィス街の楽しいランチ達。<br />
受注システムの納期３日前。　プログラムが完成に近づいてゆくときのあの達成感。<br />
終業時間。　たまに終電まで同僚達と飲んだ、あの開放感、、、</p>
<p>現在、1人で仕事をしていて夕日が沈んでくると、<br />
サラリーマンの頃の何もかもが、途方もなく恋しくなるときがあります。<br />
もちろんそれ以上に独立の良さは感じておりますし、<br />
サラリーマンに戻ったところで、今度は独立してた頃が恋しくなるのでしょう。</p>
<p>もしも今あなたが、サラリーマンをされていて、<br />
将来、起業やフリーランスになろうとお考えでしたらば、<br />
どうか今ある環境を噛み締めて、大事にされてください。<br />
それでも―――</p>
<p>サラリーマンは嫌ですか？<br />
　</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://tomonolis.net/blog/2010/04/18/132027.htm/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://tomonolis.net/blog/2010/04/18/132027.htm" />
	</item>
		<item>
		<title>それでも否定しますか？</title>
		<link>http://tomonolis.net/blog/2010/04/11/222341.htm</link>
		<comments>http://tomonolis.net/blog/2010/04/11/222341.htm#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 11 Apr 2010 13:23:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tomonori</dc:creator>
				<category><![CDATA[手紙]]></category>
		<category><![CDATA[友人]]></category>
		<category><![CDATA[地図]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tomonolis.net/blog/?p=475</guid>
		<description><![CDATA[
ちょっとした間違いを話の腰を折ってまで、
否定する友人が、かつて何人かいました。
例えば学校の帰りに、
「マックでチキンナゲット食べようぜ！たしか250円だしさ」
「いや違うよ。チキンナゲットは260円だろ。だって俺この前見たもん。
　そのとき260円って書いてあった。だから、250円じゃない。260円。」
なんだかもう、行く気を無くすほどの否定でした。
はたまた新人サラリーマンの頃、同僚とランチへ行くとき、
「飯行こうぜ！おとといくらいに食べた蕎麦屋に行かない？」
「いや、おととい食べたのは中華だろう？蕎麦は食べてないよ。
　ニラレバ食べながらjavaについて話したやん。だから中華だよ。おとといは。」
なんだかもう、食欲を無くすほどの否定でした。
私はどんなに確信があっても、
否定することでその人の気を悪くしてしまうので、
このようなどうでもよい間違いならば、否定しないでおこうと生きてまいりました。
しかし、昨日ついにその掟を破る場面が来てしまったのです。
それは大学からの親友と山へ登った帰りでした。
彼は登山地図で有名な「山と高原地図」を手に持って言いました。
「このシリーズ全部集めたいな！」
「いいね！全部でいくらかかるんだろうね？」
「えっと、全部で５９種類、一冊９４５円だから、、、
　全部で約４万５千円だね！」
、、、なんということでしょう。
恐らく、５０×９００と計算したに違いないのです。
９４５円を９００円にするのはまだ良いとして、
５９を５０としてしまうのは切り捨て過ぎだろう。
ここは６０×９００で約５万４千円前後と計算するべきではないか。
「４万５千円か～それだけあったら良い登山靴買えるね！」
そんな時に限って友人の目は澄んだ瞳になってます。
もちろん一点の曇りもございません。
約５万４千円くらいだと言いたくとも、それは困難です。
澄み切った蒼い湖にゴミを投げることができないように。
「まあ毎年１万円分買えば、４年と半年でそろうしね！」
いや５年と半年なのですよ。もう１年多くかかるよと言ってしまったら、
せっかく集める気になっている友人の気持ちを
折りかねない事態に発展してしまいます。
言うべきかどうか悩んでいるうちに、別の会話になってしまい、
いまさら、
「さっきの登山地図、全部集めたらたぶん約５万４千円じゃないかな、、、」
なんていうのは、ひどくつまらない人間のような気がして、
私の心は、もやもやのもんもんのまま帰路に着いたのです。
やはり４万５千円ではないよ、と
言った方がよかったのでしょうか？
地図を集める事を幸せそうに想像している友人に、
計算が間違っているなんて言えないじゃないですか。
あなたでしたら、その時－－－
それでも否定しますか？
　
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://tomonolis.net/blog/wp-content/uploads/2010/04/DSC_7756.jpg" alt="DSC_7756" title="DSC_7756" width="450" height="301" class="alignnone size-full wp-image-504" /></p>
<p>ちょっとした間違いを話の腰を折ってまで、<br />
否定する友人が、かつて何人かいました。<br />
例えば学校の帰りに、<br />
「マックでチキンナゲット食べようぜ！たしか250円だしさ」<br />
「いや違うよ。チキンナゲットは260円だろ。だって俺この前見たもん。<br />
　そのとき260円って書いてあった。だから、250円じゃない。260円。」<br />
なんだかもう、行く気を無くすほどの否定でした。</p>
<p>はたまた新人サラリーマンの頃、同僚とランチへ行くとき、<br />
「飯行こうぜ！おとといくらいに食べた蕎麦屋に行かない？」<br />
「いや、おととい食べたのは中華だろう？蕎麦は食べてないよ。<br />
　ニラレバ食べながらjavaについて話したやん。だから中華だよ。おとといは。」<br />
なんだかもう、食欲を無くすほどの否定でした。</p>
<p>私はどんなに確信があっても、<br />
否定することでその人の気を悪くしてしまうので、<br />
このようなどうでもよい間違いならば、否定しないでおこうと生きてまいりました。<br />
しかし、昨日ついにその掟を破る場面が来てしまったのです。</p>
<p>それは大学からの親友と山へ登った帰りでした。<br />
彼は登山地図で有名な「<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/search?ie=UTF8&#038;keywords=%E5%B1%B1%E3%81%A8%E9%AB%98%E5%8E%9F%E5%9C%B0%E5%9B%B3&#038;tag=estntas-22&#038;index=blended&#038;linkCode=ur2&#038;camp=247&#038;creative=1211"><u>山と高原地図</u></a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=estntas-22&#038;l=ur2&#038;o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />」を手に持って言いました。<br />
「このシリーズ全部集めたいな！」<br />
「いいね！全部でいくらかかるんだろうね？」<br />
「えっと、全部で５９種類、一冊９４５円だから、、、<br />
　全部で約４万５千円だね！」</p>
<p>、、、なんということでしょう。<br />
恐らく、５０×９００と計算したに違いないのです。<br />
９４５円を９００円にするのはまだ良いとして、<br />
５９を５０としてしまうのは切り捨て過ぎだろう。<br />
ここは６０×９００で約５万４千円前後と計算するべきではないか。</p>
<p>「４万５千円か～それだけあったら良い登山靴買えるね！」<br />
そんな時に限って友人の目は澄んだ瞳になってます。<br />
もちろん一点の曇りもございません。<br />
約５万４千円くらいだと言いたくとも、それは困難です。<br />
澄み切った蒼い湖にゴミを投げることができないように。</p>
<p>「まあ毎年１万円分買えば、４年と半年でそろうしね！」<br />
いや５年と半年なのですよ。もう１年多くかかるよと言ってしまったら、<br />
せっかく集める気になっている友人の気持ちを<br />
折りかねない事態に発展してしまいます。<br />
言うべきかどうか悩んでいるうちに、別の会話になってしまい、<br />
いまさら、<br />
「さっきの登山地図、全部集めたらたぶん約５万４千円じゃないかな、、、」<br />
なんていうのは、ひどくつまらない人間のような気がして、<br />
私の心は、もやもやのもんもんのまま帰路に着いたのです。</p>
<p>やはり４万５千円ではないよ、と<br />
言った方がよかったのでしょうか？<br />
地図を集める事を幸せそうに想像している友人に、<br />
計算が間違っているなんて言えないじゃないですか。<br />
あなたでしたら、その時－－－</p>
<p>それでも否定しますか？<br />
　</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://tomonolis.net/blog/2010/04/11/222341.htm/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>2</slash:comments>
		<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://tomonolis.net/blog/2010/04/11/222341.htm" />
	</item>
		<item>
		<title>よくあるような更新</title>
		<link>http://tomonolis.net/blog/2010/03/19/225510.htm</link>
		<comments>http://tomonolis.net/blog/2010/03/19/225510.htm#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 19 Mar 2010 13:55:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tomonori</dc:creator>
				<category><![CDATA[手紙]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tomonolis.net/blog/?p=452</guid>
		<description><![CDATA[
最近、忙しいですか？
思えば昨年の１２月以来の更新です。
すいません。最近忙しくて更新が遅れていました・・・
でも毎日ほんと忙しいですよね。
日々の生活をこなすのに精一杯で、
例えば、最近始めたようなブログの更新などは、
もうおざなりになっていませんか？
分かります。とてもよく分かります。
でも人様のブログを見る時間は、なぜかあるのです。これが。
中にはやはりある日、残念ながら更新をやめてしまうブログもあります。
どうしたのだろうと思いつつも、
やがてそのブログに対する関心は薄れてゆき、そして消えかかった頃に、
「すいません。最近忙しくて更新が遅れていました・・・」
と、申し訳なさそうな更新をよく見かけますよね。
もうついさっき見かけましたか？
そして後に続く文として多いのが、
「これからは更新、頑張ります！」
と、決意を見せてくれるものの、それが最後の更新でしたという
ことさえあります。
でもブログを更新しなかっただけで、
不特定多数の方達に、謝罪をしなければならない世の中に
どうしてなってしまったのでしょう。
好きで始めたブログでしたらば、
好きなように更新したほうが良い記事が書けるような気もします。
、、、更新しなかった言い訳ですね。
これからは更新、頑張ります！
最近、忙しいですか？
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://tomonolis.net/blog/wp-content/uploads/2010/03/DSC_0461_2.jpg" alt="DSC_0461_2" title="DSC_0461_2" width="450" height="301" class="alignnone size-full wp-image-471" /></p>
<p>最近、忙しいですか？</p>
<p>思えば昨年の１２月以来の更新です。<br />
すいません。最近忙しくて更新が遅れていました・・・</p>
<p>でも毎日ほんと忙しいですよね。<br />
日々の生活をこなすのに精一杯で、<br />
例えば、最近始めたようなブログの更新などは、<br />
もうおざなりになっていませんか？<br />
分かります。とてもよく分かります。</p>
<p>でも人様のブログを見る時間は、なぜかあるのです。これが。<br />
中にはやはりある日、残念ながら更新をやめてしまうブログもあります。<br />
どうしたのだろうと思いつつも、<br />
やがてそのブログに対する関心は薄れてゆき、そして消えかかった頃に、<br />
「すいません。最近忙しくて更新が遅れていました・・・」<br />
と、申し訳なさそうな更新をよく見かけますよね。<br />
もうついさっき見かけましたか？</p>
<p>そして後に続く文として多いのが、<br />
「これからは更新、頑張ります！」<br />
と、決意を見せてくれるものの、それが最後の更新でしたという<br />
ことさえあります。</p>
<p>でもブログを更新しなかっただけで、<br />
不特定多数の方達に、謝罪をしなければならない世の中に<br />
どうしてなってしまったのでしょう。<br />
好きで始めたブログでしたらば、<br />
好きなように更新したほうが良い記事が書けるような気もします。</p>
<p>、、、更新しなかった言い訳ですね。<br />
これからは更新、頑張ります！</p>
<p>最近、忙しいですか？</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://tomonolis.net/blog/2010/03/19/225510.htm/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://tomonolis.net/blog/2010/03/19/225510.htm" />
	</item>
	</channel>
</rss>
